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玉門―庄輝(ザンフイ) 旦児(ダンエア) 2006―2009撮影プロジェクト レセプション:2009年9月26日 15時~18時 展覧期間:2009年9月26日~同11月22日
人類の歴史は資源利用の歴史でもあります。石炭、石油、天然ガスの採掘と利用は、かつては工業文明の誕生と発展の強力な原動力でした。これら化石燃料は億万年前の生物たちの死骸が地質作用により生成されたもので、再生不可能な資源です。化石燃料の開発利用は、地下に埋蔵されている人類史以前の太陽からのエネルギーに手を付け、私たちの自然条件克服の試みと発展加速の企てを満足させます。工業文明の発展と科学技術の革新は、私たち人類の生活にとてつもなく大きな進歩をもたらしました。しかし、化石燃料の無制限な利用は、生態系のバランス破壊、環境汚染、異常気象など、人類の生存を脅かす問題をも同時にもたらしてしまいました。さらに、化石燃料に対する過度の依存によって、私たち人類は今、資源の枯渇という大変深刻な問題に直面しています。私たちは、人類がどのように資源の利用方法を調整、変革すべきか模索し、人類と自然の関係、及び人類文明の発展に対して内省的に思考し、持続可能で、且つより健全な発展モデルを検討し、そして日常生活レベルで可能な限りの努力を払うべき時を迎えています。これはただ科学技術と経済の領域に留まらず、今日の思想・文化領域においても、最も関心、注目すべきテーマだと言えるのではないでしょうか? 中国石油産業誕生の地として、玉門油田は20世紀30年代において当時苦難の渦中にあった中国に貴重な資源を供給していました。しかし、資源を消耗し尽くした後、数多の社会問題が表面化しました。国家体制、社会階層、民族、価値観など各方面の要因が絡み合い、捨て去られた玉門では複雑に錯綜した社会的光景が出現していました。政府の意思、地場産業、どん底の民生、自然生態系など、様々な矛盾が対立と衝突を先鋭化した形で発生していたのです。目先の利益のみ追求する生産方式、体制転換による暗闇、廃墟と化した通り、もぬけの殻となった街並み、夜の無政府状態など、玉門は極めて特殊な西部の荒野と脱け殻状態の工業の集合体と化してしまいました。しかし、庶民たちはそれでもこの高地にある都市で変らない平凡な暮らしを営み続け、自分たちのささやかな需要と大小それぞれの夢と希望をはぐんで来ました。 中国モダン・アートのキーパーソンの1人である庄輝は油田から70km離れたところにある玉門鎮に生れました。多くの中国のモダン・アーティストたちと異なり、庄輝は青少年時代を中学、高校、大学生活の中で過ごしたのではなく、15歳から大型機械生産工場の工場労働者として過ごしました。そして、芸術に対する情熱から、庄輝は非常に独自な道を歩み始めます。底辺階層での社会経験と芸術家という身分に対する独特の認識から、彼の作品は直接的にこの社会の現実に切り込んでいきます。また、彼は一貫して、自己の眼差しを普通の人々、それも底辺の労働者階層に向け続けてきました。1992年の作品『為人民服務』、1995年の撮影作品『1人と30人』(作家は30人の農民、労働者、芸術家、児童たちとそれぞれツーショット写真を撮影)、そして1996年に撮影が開始された様々な職業団体に所属する数百人にも及ぶ人達(労働者、農民、兵士、学生、医者、看護婦など) とのツーショット写真は、庄輝を国際的に注目される中国モダン・アートのキーパーソンの1人とならしめました。2000年前後から、庄輝はいくつかの大型装置的作品を創作しながらも、これまでと同様に、社会問題と普通の人々の生存状態を作品の重要なテーマとしてきました。旦児は陝北に生れた女性アーティストで、2006年から庄輝との共同創作を開始します。彼らは共同で50枚の社会面的テーマが写されている報道写真をモチーフにした大型油絵作品プロジェクトを実施し、ネット上で多く目にする底辺階層の社会面的ニュースに注目し、激変し続ける中国社会において、往々にして主流派の声に覆い隠されてしまう声無き声をイメージ化しました。 2006年、庄輝と旦児は玉門に対する構想的熟成を企図し、彼らは莫大なフィールド・ワークを展開して、大量の写真と映像素材を撮影しました。そして、それは玉門の歴史的、人文的、社会的生活の変遷など各方面への注目から、人類の石油採掘の歴史、時代的転換の中での東洋と西洋の激突、石油方面におけるインタラクティブな表現、及び人類の生存状況に対する思考と反省へと発展していきました。彼らの努力は、厳正な意味での社会学的研究アプローチではありませんが、彼らが獲得した直接的資料と身体感覚は大変貴重なものであると言えます。その発見から、接触、調査研究と、彼らは徐々にひとつの完結した芸術プロジェクトを形成し、芸術作品が内包する力を期間1年に及ぶ写真館プロジェクトに凝縮昇華させました。このプロジェクトは、石油の枯渇がもたらす異様な光景と深刻な社会問題を単純、直接に反映したものではなく、その眼差しを玉門で暮らす普通の人々に向けたものとなっていています、庄輝と旦児は質実本位の写真館を玉門に開設し、現地の人々に照明写真、芸術写真、集合写真などの撮影といった普通の写真館のサービスを提供しています。メイク、スタイリング、小道具、セット、照明など各要素は現実世界の美しさとの調和を重視したものとなっています。彼らの普通の人々への真摯な眼差しは、私達に被写体となっている人物の身の回りに起きている事は自分自身の身の上にも同様に起こり得り、彼らが日常的に直面している問題と私達が向き合っているものとの間には何ら本質的違いがないと感じさせます。これは生存の原点、つまり目先の利益に対する性急な追求と人類の生存環境の保存という美しい願いは全てこの原点から出発しているという事なのです。 庄輝と旦児は、写真館とそれが生み出した結果を芸術的空間・境地に移植し、1年間の現実生活をひとつの具体的空間に圧縮表現し、芸術作品と実用機能的映像を一体化させる事に成功しました。三影堂撮影芸術中心という専門的指向性を持った空間の中で、庄輝と旦児のプロジェクトは撮影芸術の外延的、且つ内包的諸問題にまで触れているのです。映像に関連した環境というセット、実用機能を持つ映像製品、背景と条件の陳列、そして紹介などが有機的にこの作品を構成しています。撮影芸術と日常的な写真がインタラクティブな作用を生み出し、我々に日常的な写真と大衆的美しさが有するその豊かな意義を改めて凝視させます。同時に、撮影芸術もこれに随い、その可能性と豊かさを増しています
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